2013年09月05日

リアル・シムシティ

皆さん、お早うございます。
りんたパパです。

今朝の宇都宮は、雨。
9時現在、気温は24.4℃。
日中の最高気温は29℃と予想されています。
早朝から雷が鳴っていて、ちょっとびっくりしました。
昨日の竜巻(被害にあわれた方には、心よりお見舞い申し上げます)もそうですが、非常に大気が不安定な状態になっているんですね。
今日も天候の急変には警戒が必要です。
急に黒い雲が広がったり、気温が下がったりした場合には頑丈な建物の中に入り、窓から離れた部屋に避難しましょう。


今日は物語風にお送りしますね。
(ナレーションの声は田口トモロオさんでも、森本レオさんでも、お好きなイメージでどうぞ)

今を去ること数十年前、西日本のある地方都市のこと。
ある若い治療家が新たな治療院を開こうと、店舗物件を探していた。
彼には経験と技量があったが、潤沢な開業資金は無かった。

ある日のこと、彼が物件を探しながら幹線道路を走っていると、田んぼの中の一軒の農機具倉庫が眼に止まった。そこは、500m四方ほどの、広い田んぼのあぜ道が交わっているところ、「田」の漢字の中央にあたる角にあった。
何か感じるところがあった彼は、未舗装のあぜ道に車を入れ、倉庫に近づいてみた。建物はしっかりと作られていたが、どうやらあまり使われていないようだった。
通りかかった男性に声をかけると、その倉庫の持ち主で、田んぼの地主だった。
「この近くで、治療院を開きたいと思っているんですが、良かったらこの倉庫を貸して頂けませんか?」
「あぁ、ここは使ってないから、構わないよ。だがこんなところ客がくるんかい?」
「それはやってみないと、何とも。大変申し上げにくいんですが、あまり資金が無くて、家賃は少し…。」
「分かった、分かった。1年ぐらいは様子を見るよ。利益があがったら、家賃を入れてくれればいい。改装の業者のあてはあるのか?私が知り合いの業者を紹介してやろう。それと、向かいのところは何年も休耕田のままだから、駐車場に使って貰っていいよ。ま、よろしくな。」

この出会いから、運命は大きく展開する。

床をフローリングに張り替える程度の簡易な改装を経て、もと農機具倉庫の治療院はオープンした。
地主の口利きもあり、改装代金の支払いも開業後1年してからで良いとの好条件だった。

若い治療家は考えた。
「何とか開業ができたが、どうすればここに患者様が来てくれるだろうか?」

彼が行ったのは、なけなしの資金をはたいて、看板を立てたこと。
数百m離れた幹線道路から見えるように、夜でも見えるように、青く光る看板を立てたのだった。

その看板にまず気づいたのは、地元の若者たちだった。
「今まで、こんなところに看板はなかったが、あの青い看板は何だ?」
車で通りかかった若者たちは興味を引かれ、中にはわざわざあぜ道を通って、治療院の近くまでやってくるものもいた。
「見たか?田んぼの真ん中に立っている青い看板。新しい治療院ができたみたいだぞ。」
「農機具小屋だったところだろ。」
彼の治療院は、若者を中心に町の人たちのちょっとした話題になっていった。

ある日曜日の夜、彼の治療院に一人の男性が小学生の息子を連れてやってきた。
「こんな時間にすみません。子供が腕を痛がっているんですが、診て頂けますか?」
「今日は整形外科も休みでしょう。どうぞお入りください。」
彼は男の子の腕にやさしく触れ、痛みを確認した。
「ここが痛むんだね。」
彼はたちどころに、男の子の肘の脱臼を整復した。
「あれ、治った!」
ぱっと男の子の顔が輝いた。
「子供さんには良くある、肘内障という状態でした。治療と言うほどのことはしていないので、お代は結構ですよ。」
「いえいえ、とんでもない。支払わせて下さい。それにしても素晴らしい腕前だ。家に年寄りがいるんだが、腰が痛いと年中言ってますが、連れてくるんで見て頂けますか?」
「ええ、どうぞ。」

この父親は、息子の小学校のPTA会長だった。
彼の腕前にほれ込んだ父親は、さっそくあちこちで彼の評判を語りはじめた。
口コミを受けて、学校の父兄や先生も来るようになり、そのお知り合いの中学校の先生が部活で指導している生徒を連れて来たり、さらに他校の生徒も来たりするうち、彼の治療院には多くの患者が訪れるようになっていった。

部活帰りに彼の治療院にやってくる生徒たちを見込んで、あぜ道のはす向かいにパン屋ができたのも数年のうちのことだった。
「いやね、あんたのところに夕方から学生がいっぱい来るだろ。あの時間じゃお腹も空くだろうと思ってね。」
地主がニコニコと彼に語った。
「いずれ、あぜ道も舗装して通りやすいようにしようと思っている。」
そこに通りかかったのは、副市長。持病の腰痛の治療のため、彼の治療院に定期的に通ってきている患者の一人だった。
「もしあぜ道部分と、あぜ道沿いの土地を5m幅ぐらい供託して下されば、市の方で予算をつけて舗装できるかもしれない。」

半年後、彼の治療院の前には、対面通行のできる舗装道路ができ、さらにはその道路をコミュニティ・バスが通ることになった。
「どうせだから、ここにバス停を設置させてもらうことにしましたよ。便利になる人も多いから。」
”治療院前”と名付けられたバス停には、彼の治療院だけでなく半年の間に更に数件増えた商店の客が多く乗降するようになった。

彼の治療院を核にして、数年の間に、ひとつの商店街が出来上がっていった。
「人の縁は本当に不思議だと思う。幾つかの出会いがあって、それに乗っかっていくだけで、道は開けることもあるんだ。」

彼は今、住み慣れたその街を離れ、都内の学校で後進の指導に当たっている。


この話、幾分の脚色はありますが、柔道整復学科の教員から聞いた実話です。
リアル シムシティ(?)とでも言いましょうか。
夢のある話、信じる?
りんたパパは信じます。

それでは、今日も行って参ります。


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