2014年07月18日

拾われた看板

皆さん、こんにちは。
りんたパパです。


今日の宇都宮は、なんとも微妙なお天気ですね。
パラパラと小雨が降ったかと思えば、少し明るくなって来たり、陽が射す時間帯もあったり・・・。
蒸し暑さを感じる時間帯もあれば、さほど暑さを感じなかったら・・・。
微妙。ただ、この微妙さ加減がまた要注意です。

意外と体を冷やしてしまったり、体内に熱がこもってしまったりしますから、十分お気を付け下さい。
冷たいものを飲みすぎたり、扇風機の風にあたりすぎたりするのは避けましょう。
汗をかいたら、こまめに拭いたり、着替えることも大切です。


内藤とうがらし.jpg















写真は昨日、四谷三丁目の消防博物館前で撮った、内藤とうがらしの写真です。
前回見た時よりも一回り大きくなっていて、赤く色づいた実もありました。
夏ですね。


母校で職域開拓担当のY先生にアイスコーヒーをご馳走になりながら近況について報告したり、学科主任のE先生に施術して頂いて、すっかりリフレッシュしたりんたパパですが、少し気になるお話を伺いました。

りんたパパの母校は、鍼灸と柔道整復の2つの学科を持つ、医療系専門学校ですが、来年度新たに歯科衛生学科が設けられます。
したがって、学校名にも鍼灸柔整だけでなく歯科衛生の文字も入ることになりました。
校舎の増築工事も昨年からスタートしており、合わせて看板も掛けかえられることになっているのですが、以前の看板は工事の関係ですでに撤去されています。

外された看板は、実際のところもう用済みだったのですが、外されたまましばらくの間敷地の片隅で野ざらしになっていたとか。
3週間ほどして、動いたのが前述のY先生。
事務長に許可を取り付けて、看板を拾って進路指導室に持ち帰り、きれいに磨きをかけたそうです。

「これはね、私の血液なんです。」

りんたパパに看板を見せてくれながら、そう語ったY先生。
(Y先生については、2013年9月5日の記事「リアル・シムシティ」
http://bumotasan.seesaa.net/article/373969363.html
をご参照下さい。)

「まさに心血が注がれた象徴としての看板ですね」
とりんたパパが応じると、Y先生は小さく頷かれました。


物体としての看板は役割を負えれば、取り外され、廃棄されても仕方がないのかもしれません。
でも魂のこもったものは、それなりの扱いがなされて然るべきなのではないでしょうか。
それだけの思い入れを「重い」とか「アナクロ・時代錯誤」ととられる向きもあるかとも思いますが、りんたパパにはY先生の思いが良く分かりますし、深く共感を覚えるのですね。


気になったのは、Y先生以外には看板に対して、そのように行動したり発言される方がいなかった事です。

りんたパパのかつての職場でも、リハビリテーション病院の理念の文言が、いつの間にか書き換えられていたり、外部から出入りしている業者さんへの通達を廊下の床に貼ってみたりと、とんでもないことが行われたことがありました。
その度に、りんたパパの上司を通して厳重に抗議を申し入れたものですが、りんたパパ以外にはあまり憤りを感じたり、問題視される方は極めて少なかったように感じます。
そうこうしているうちに、少しずつ無味乾燥な職場になってしまう気配を感じて、りんたパパと親しい同僚たちとともに危機感を覚えていましたし、転職する寸前まで上層部に対して提言を行うなど頑張ってみたのですが、その後どうなりましたかね・・・。


たかが、と思っていることが、見過ごされているうちに取り返しのつかないことになってしまう例は多くあります。
良いもの、まごころや魂のこもったもの、思いやりいたわり合うこと。
こういった形や数字にならない部分はあまり評価されない時代ですが、これを大切にし続ける(とても大きなエネルギーを必要とします)ことは、効率的ではないとしてあっさり捨ててしまうと、残念なことになってしまうと、りんたパパは思います。

人々を癒し回復をはかる医療機関や、人を育て世に送り出す教育機関であればこそ、大切にして頂きたい部分です。

それにしても
看板、Y先生に拾ってもらえて良かったな。また会いに行くよ。

りんたパパでした。


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