2011年07月06日

さしも草

皆さん、今日は。
りんたパパです。


いつもは自宅学習の水曜日ですが、今日は夕方からの特別講座「手技療法と現代医療」を受けるため、昼過ぎから学校へと向かっております。


昨日は帰りの電車でなぜか座れず、携帯電話のバッテリーも少なかったため、ブログの更新ができませんでした。
どうも、すみませんでした。


昨日、図書室に返却した「もぐさのはなし」から、面白かった内容をごく簡単にまとめてみましたので、つまみ食い程度ですが、ご紹介しますね。

「もぐさのはなし-日本人はモグサをどのようにして造ってきたのだろうか」
織田隆三 著
森ノ宮医療学園出版部
(今日のブログの内容はすべて本書より引用、参考とさせて頂きました)

かくとだに えやは伊吹のさしもぐさ
さしも知らじな燃ゆる思ひを
藤原実方

艾・もぐさ の産地として名高い伊吹山。りんたパパの育った滋賀県では、県内で最も標高(1377m)の高い山として知られています。

灸治療は仏教伝来と時期を同じくして、朝鮮半島を経て日本に伝わったようです。欽明天皇の二十三年(562年)高麗から帰化した人が医書をもたらし、その中に鍼灸の明堂経が含まれていたとの事です。

平安から鎌倉にかけて伊吹山は多くの和歌に詠まれていますが、当時の歌枕であった伊吹山は近江ではなく、下野(栃木)の山であったとの事です。


古歌に詠まれた伊吹山を艾の産地とするのは、「さしもぐさ」を艾と解釈するためですが、艾の原料のヨモギと蓬はイコールではなく、混同されていると著者は述べています。
蓬は元々、餅草のヨモギとは別の草の名称であったようです。燃やしてその煙を虫除けに使っていたのだそうです。後に灸が伝わり、灸の原料である餅草のヨモギと名称が混同され、いつの間にか蓬の字があてられたようです。


延喜式(927)には当時、全国から朝廷に納められた物産のリストがあり、薬種の品目数が最も多いのは近江の七十三種、次いで美濃の六十二種だったそうで、当時から近江の伊吹山山麓が薬用植物の宝庫であったことが伺われます。しかしこの中にはヨモギ・モグサの名は含まれていないそうです。


時代は下って、織田信長の頃に、伊吹山麓に西洋から薬用植物を移植したとの記録が残されていますが、それ以前からヨモギは多く自生しており、艾を作り、販売されていたようです。伊吹山付近にはヨモギの他に、北日本に生えているオオヨモギ(こちらも艾の原料になる)も生えています。関西近辺では珍しいことから、伊吹のヨモギは外来種であるとの記録もあるようですが、誤りであると著者は述べています。


近江の産物として艾を載せているのは、元禄四年(1691)の「日本賀濃子(日本鹿子とも書く)」で、名物として伊吹蓬艾が挙げられており、以降度々書物に登場するようになったとの事です。


近松門左衛門が浄瑠璃「栬狩剣本地:もみじがりつるぎのほんぢ」でモグサ屋を登場させ、伊吹艾を宣伝したり、市川団十郎が歌舞伎でモグサ売りを演じて大当たりし、そのセリフを子供までまねしたとの事。


しかしその頃、近江でのモグサの生産量は低下し、岐阜、福井などで生産されたものに頼っていたようです。明治の初めには富山が日本一の産地となり、昭和の初期には新潟が主産地となり、平成の現在、ほぼ100%を新潟で生産しています。


いろいろと興味を引かれる点があったのですが、滋賀県出身で、現在栃木県に在住のりんたパパが一番気になったのが近江と下野の伊吹山のくだり。


滋賀県と岐阜県の境にある伊吹山は場所もなんとなくわかりますが、栃木の伊吹山は果たしてどこにあるのかと思い、ページをめくると、紹介されていました。


下野の伊吹山 栃木市吹上町 善応寺 伊吹山聖観音堂
この善王寺の山号が伊吹山というのだそうです。近くを流れる川にかかる橋も「伊吹橋」と名付けられており、道路地図でも確認できました。

東部日光線の「合戦場」駅から西の方へ行ったあたりですので、折を見て訪ねてみたいと思います。


いかがでしょうか?艾の歴史的なことや、文芸に関する部分を中心にピックアップしてご紹介しましたが、本書には具体的な艾の生産技術についても(石臼の寸法やその図面まで)詳しく紹介されています。


興味を持たれた方はご一読されることをお勧めします。


それでは、行ってまいります。


この記事へのコメント
下野国の伊吹山

江戸時代なって初めて、下野国の伊吹山とはこの山の事ではないかという説がいくつも登場してきます。伊吹山栃木市説も江戸時代前期に生まれたものと思われます。

しかし、それらの山の中に伊吹山と名のつく山はひとつもありません。つまり伊吹山なんていう名前の山は昔から下野国には存在しなかったのです。

伊吹山下野説は、次の和歌にある植物シモツケを下野国と誤解したのが原因です。

<しもつけや−しめつのはらの−さしもぐさ−おのがおもひに−みをややくらむ>

この「しもつけ」を下野国とすると、歌が解釈できません。この「しもつけ」を植物とするとなかなかしゃれた歌になります。
Posted by 八島 守 at 2012年06月10日 09:36
伊吹山下野説

[古今和歌六帖]
<しもつけや−しめつのはらの−さしもぐさ−おのがおもひに−みをややくらむ>

<あぢきなや−いぶきのやまの−さしもぐさ−おのがおもひに−みをこがしつつ>

この二首をドッキングして伊吹山下野説が誕生しました。

伊吹山近江美濃説は鎌倉時代から登場します。
Posted by 八島 守 at 2012年06月10日 09:53
八島様
コメントありがとうございます。
お説の通り、伊吹山下野説はかなり時代が下ってからの成立の説のようですね。
ちなみに、シモツケの花はちょうど今が咲く時期で、宇都宮でも赤、ピンクの花が見られます。
滋賀の伊吹山あたりでも咲いているのでしょうかね。
Posted by りんたパパ at 2012年06月10日 12:22
<しもつけや−しめつのはらの−さしもぐさ−おのがおもひに−みをややくらむ>

「木シモツケ」よ お前が秋に葉を赤くするのは(紅葉するのは) しめつの原にたくさん生えているさしも草同様 恋の思いに身を焼くからだろう 
Posted by 八島 守 at 2017年07月22日 15:21
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